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2009/09/04

堺事件

森鴎外の小説でご存知の人も多いかと思いますが、妙国寺は「堺事件」の舞台でもあるのです。

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慶応4年(明治元年)、天保山沖にフランス海軍の軍艦が停泊。許可なく上陸し傍若無人に振舞うフランス軍と堺を警備していた土佐藩士との間で争いが起り多数のフランス兵が死傷しました。当然国際問題となり、フランス側は自分たちの死傷者の数に見合う土佐藩士20名の処刑と賠償金15万円の支払いを要求してきました。発足したばかりの政府は、その要求を受け入れるしかなく、土佐藩士20名がここ妙国寺で切腹することになったのです。
日仏役人たちの立ち会いの下で行われた切腹の場で、藩士達は自らの臓器を掴み出し、居並ぶフランス水兵に次々と投げつけるという行為を行い、その凄惨なシーンにフランス立会いの役人たちは耐えられず11名が切腹したところで中止を命じたそうです。


土佐藩の11名が非業の死を遂げた場所もこの妙国寺のソテツの前だったのです。

ねっ、凄い話でしょ!? 

通された小さな部屋には、実物だという切腹した藩士の生々しい髪の毛がガラスケースの中に入っていて、一瞬固まっちゃいました。

まだもう少し秘話があるんだけどそれはまた機会があればね。

Img_326 庭園には、堺出身でこの寺ちかくで生まれた歌人・与謝野晶子が、これら土佐藩兵らの悲劇を悼んでつくった歌碑や、

Img_327 徳川家康が本能寺の変の際、この妙国寺に宿泊しており、こちらの助けで伊賀越えで岡崎に戻り難を逃れたという、その時にお礼にと読んだ歌碑もありました。

私も最近歴女してます。happy01

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